福岡高等裁判所 昭和32年(う)206号 判決
道路交通取締法の各種規定を検討するに、同法において過失犯を処罰する趣旨は窺われないから、刑罰法規一般の原則に従い、同法第二四条第一項に違反し同法第二八条第一号に当る罪についてその処罰の対象は故意犯のみに限ると解すべきは所論のとおりである。けれども、右故意は必ずしも確定的故意のみに限らず未必的故意をも包含するものなることは、これまた刑罰法規一般の原則に対して例外を認むべき律意が窺われない同法の解釈上当然の帰結である。従つて自動車運転者がその運転する自動車により人を殺傷し乍ら、被害者の救護、その他必要な措置を講じなかつた場合、該殺傷の事実につき当時苟も未必的認識を有しておれば道路交通取締法第二四条第一項違反の刑責を免れないものと謂わねばならない。これを本件について観るに、原判決挙示にかかる被告人の司法警察員に対する第二回供述調書中「途中門司市白木崎町三丁目の処に来て前方二、三〇米位の処で何か白いものを認めましたので急ブレーキをかけましたが、此時非常に大きなシヨツクがあり何か轢いたのではないかと思いましたが、深夜の事であるしまさか人があんな処に居るとは夢にも思つて居らず、犬か何かであつたと思つてそのまま停車もせずに帰つたのであります」とある部分、被告人の検察事務官に対する供述調書中「自動車が前記電柱の間近六尺位に迫つた頃何か動いた様な気がしたので急にハンドルを右に切る拍子に車体が左に傾いて電柱の横を通過するときシヨツクがあつた様な気も致しますがはつきり記憶しません」とある部分、その他原判決挙示の各種証拠を綜合すれば、被告人は原判示一の如く自己の運転する自動車を近藤クミ子に接触せしめて同女を転倒、死亡させたことについて当時確定的認識はなかつたとしても、少くとも未必的認識を有していた事実を肯認するに十分である。従つて被告人が当時原判示二の如き被害者の救護や警察職員への届出の措置を講じなかつたことは、すなわち未必的故意に基くものと謂うべく、原審が被告人に対し原判示二の事実を認定してこれにつき道路交通取締法第二四条第一項、道路交通取締令第五三条、同法第二八条第一号を適用処断したのはまことに相当にして、原判決に所論の如き事実誤認、法令適用の誤り又は審理不尽の違法は存しない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 柳原幸雄 裁判官 中村荘十郎)